【切迫早産管理入院】マタニティブルーとは無縁と思っていた私がどっぷりと沼に浸かったはなし。

こんにちは。

今回はお久しぶりの管理入院体験記です。

あんまりネガティブなことを書いても…と思って避けて来ましたが、入院中の私の精神状態を記しておこうかなと思います!

はっきり言ってクヨクヨ・メソメソな情けない状態ですが…

入院中は沢山の管理入院ブログを読んでは勝手に共感して励まされて…。とってもパワーになりました。

どなたかの心が少しでも軽くなれば良いなと思い、恥を忍んで書きます!

里帰りを楽しみにしていた私。その期待が仇となった?

私はそれはそれはもう、里帰りを楽しみにしておりました。

結婚を機に仕事を辞め、交際中は遠距離だった夫のいる県に移り住みました。

一人暮らし経験もなく、大学・就職先と全て実家から通った私は、初めて親元を離れた訳です。

更に引越し先は、生まれてから住み慣れた都心部と違い、とにかくどこに行くにも車の生活。

ほとんど車の運転をした事がなかった私は、環境の違いになかなか馴染めませんでした。

とにかく人と接したいと思い、パートを探しはじめますが、ありがたいことに妊娠が発覚し、取り敢えず職探しは中断。

自宅で穏やかに過ごしながら、お腹の我が子の成長を感じていられるなんて、本当になんて恵まれていたのかと思います。

お腹の赤ちゃんが心配だし、ご迷惑をかけてはならないからとパート探しは辞めようと決めたのは自分でしだが…

朝、夫を見送ってから帰宅するまで誰とも会話の機会がなかったり、友達にも簡単に会いに行ける距離ではないという環境が少しずつストレスになり、結果として里帰りへの期待がムクムクと膨むことになったのです。

そして、29週にきて突然の入院。

まずはお腹の赤ちゃんの無事にほっとしましたが、反面、里帰り出来なくなったことはとてもショックでした。

しかし、病院の先生から「32週になって経過が良かったら、退院・里帰りできる可能性がありますからね」といわれました。

「救急車を手配して移動することもできるからねー。」とも言われたのです。

その言葉に私は、「32週になったら帰れるんだ。頑張ろう」と思ったのです。

今思えば、入院中の経過を見てというのは確信のない事ですし、なにより私の気を保たせるための発言だったのかもしれませんが…過剰に期待してしまいました。

待ちに待った32週!結果は?

待ちに待った32週になり、赤ちゃんは順調に成長していました。一方で、頸管長は若干伸びて3センチほど。

ただし、短くなるときもあったので横ばいと言えるでしょう。

入院先の先生から、転院の可能性もなくはないので、予定している病院名を教えてほしいと言われました。

これには…期待してしまいますよね。

時期をみて帰れるんだー!と心が踊りました。

そして、実家付近の病院に連絡をとって戻ってきた先生からの返事は…

《受け入れ不可》

だったのです。

理由は、里帰り出産はもちろん受けて入れているが、切迫早産と診断されている妊婦に関しては、市内在住でないと受け入れることはできないということでした…。

もちろん、移動中に何かあったら取り返しがつかないし、安全を考慮してということはわかります。

でも、その時の私は入院が決まった時以上のショックを感じました。

連絡を取ってくれたことにお礼を言い、先生の前では平常を装っていました。

でも、先生が席を外した途端。

目から涙が溢れて止まらない!

この時で入院から3週間ほど経過しており、精神的にも疲れが出て来ていたのでしょう。

先生からこのことを告げられたのがお昼頃。

日がな一日泣き続け、午後面会に来た母の前でも泣き、別に面会に来てくれた夫にも泣きつきました。

32週という私の中では1つゴールのような存在になり、心の支えになっていたので…

出産予定の病院は、実は自分が生まれたところであり、このことも追い討ちでした。

私は他人に泣いているところを見られるのがいやなのに加えて、めんどくさいことに気持ちの良い人に見られたいところがあります。

※身内の前では別です。

なので、他人の前泣くなんて以ての外。

看護師さんたちの前ではなるべく笑顔。

愚痴はこぼさない!

としてやって来たのですが…

この32週の一件以来、やたらと泣くめんどくさい妊婦になってしまったのです。

更なるアクシデント。赤ちゃんが育ってない⁈

泣きスイッチがONになった日はもちろんのこと、結局4日くらいはふとした時に涙が溢れてくる状態でした。

妊娠中のホルモンバランスのせいもあるでしょう。

でも、安静生活にも一因があったかと思われます。

通常であれば、嫌なことやショックなことがあっても、家事や仕事があるから意識を分散できる。

別のことに集中しているうちに、傷を回復できるといいましょうか。。。

でも、安静生活だと傷をとことん掘り下げることができるんですよね。

やれることが少ないから、傷口をまじまじと見てしまう。

泣いてすっきりすることもありましたが、私の場合はどっぷりとネガティブ思考にはまってしまうことも多々ありました。

それに気づいてからは、読書以外にもネットショッピングやベビー用品のカタログ見たり…無になる時間を減らすようにしました。

そんな風に過ごして、35週になったある日。

診察を終えた先生から、赤ちゃんの成長具合が芳しくないので、2日後にまた診察しようと言われました。

はい、泣きスイッチ入りましたー。

スマホで検索しては、赤ちゃんの成長が伸び悩む原因や、先天的な障害の可能性についてなど、入ってくる情報はネガティブなものばかり。

とにかく、赤ちゃんに何かあれば自分のせいだ。この子の人生、どうやってサポートしよう。

そんなことを泣きながら考えていました。

病院にいるんだから、看護師さんに相談することもできるし、なんなら、なんでさっき先生に質問してみなかったのかっていう話なんですけど。

今思えば、受け身な上に泣き虫でほんとめんどくさいやつだったけど、慣れない状況に怯えていたんだなぁとも思います。

因みに息子は2日後の健診で、ぎりぎりではあるけれど成長曲線内の数値に入っていました。

けれども、成長が大きく見込める週数なのに、緩やかなので子宮や胎盤の環境が良くない可能性があること、必要であれば誘発したり帝王切開で赤ちゃんを外に出してあげる方がいいかもしれないという話しもありました。

でも現段階では、様子見だねーとおっしゃって先生は去って行きましたが…

その途端また泣く私。

我ながら、不安なら病院の皆さんに質問してみればいいのにと思います。

普段の私ならそういう行動に出るのですが、やはり、ホルモンの影響か、思考回路や行動、いつもと違う自分でした。

結局ギリギリまで沼に浸かっていました

季節的なこともあり、その後も結婚記念日なのに…クリスマスなのに…年末なのに…と、事あるごとにメソメソし続け、加えて里帰りの希望を捨てきれず。

今思えばほんとにめんどくさい奴ですが、本当に年末にさしかかり36週になった頃にやっと!その病院で出産する腹が決まりました。

この36週というのは、精神的にも吹っ切れたり、以前にも書きましたが、それまで保っていた点滴が血管の衰えにより急に持たなくなったり…

精神的にも肉体的にも、ターニングポイントだったかなと思います。

結局、私は里帰りすることなく、自宅・実家から遠く離れた病院で出産しました。

思い返せば泣いてばかりの日々でした

当たり前ですが、基本的に流産や早産が怖くて泣いていました。

そして、希望の形になかなかならない現状や、アクティブにマタニティライフを満喫している他の妊婦さんへのコンプレックスなんかでも泣けてきました。

みんなからは、『赤ちゃんのためだよ』とか、『でき得る限りの安全策』と言われますが、もちろんそれは十分わかっているわけで…

本当に勝手で子供ですが、正直に書くと〝今、わたしが辛い。どうにかして欲しい〟そういう気持ちがありました。

そんな環境において、色々な方の管理入院のブログや体験談は本当に支えになりました。

こちらは読み手ではあるけれども、辛さを共有してもらえている。そんな気がして少し楽になりました。

周りに励ましてくれる人は沢山いますが、同じ境遇というわけではありませんからね…。

顔も知らない・会ったことの無い、ブロガーさんたちが心の支えになっていました。

入院中は辛くても一日一日を過ごしていくことが、一番の治療なんでしょう。

ご飯食べて、本読んだり、ゲームしたり、ネットサーフィンしたり、またご飯食べて、辛くなったら泣いて。

そうしているうちに時間が経って、赤ちゃんは応えてくれます。

グズグズ泣き通しな内容なうえに長いばらになりました。

こんな私でも出産できたということがわかれば、今泣いている誰かが少しでも元気になれるかなと思い書きました。

私が沢山のブロガーさんに助けてもらえたように。

今、入院している妊婦さんがみんな、元気な赤ちゃんを出産できますように、心から願っています。

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